旅人教師@アジ亜太郎

道があるなら陸路で行こう。 ~貧乏人の一人旅~

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1990年代インド9 一人旅 ~インド庶民の暮らし~


インドの庶民の暮らしなのだろうか?

 

 

インドの耳かき屋ムビーン(仮名)の家

 

首都デリーとゆうこともあって、そんなに大きい邸宅をイメージしていた訳ではない。

 

訳ではないが、小さい。

小さいし、物がほとんどない。

物は少ないが、人は多い。

 

家は、コンノートプレイスから、オートリクシャで15分くらい走ったところにある。

まわりは、大きな病院があるが、庶民の暮らしはひっそりとしている。

小さな家が、ひしめきあっている。

一帯が、豊かな生活とは言えない。



どうやって暮らしているんだろう。

 

家は、通りに面しておらず、

家と家の間の小道を入っていった奥にある。

 

小道の幅は、どんどん狭くなり、ムビーンの家の入り口辺りまで来ると、その幅、約80センチほどか?

 

家に入るとすぐ、

そこがリビング兼寝室だ。

広さは、広く見ても、六畳ほどだろうか。

 

ムビーンは、快く招き入れてくれた。

とりあえず、入り口あたりに靴を脱いで入った。

 

入ってすぐに、かけ布団だけで、人が寝ている。

ムビーンの子どものようだ。

ムビーンの家族は、

どこまでが家族なのかわからない。

 

同い年くらいの何人かの、少年たちもいる。

友達だろうか?

ご近所さんか?

不明だ。

 

おじいさんか、おじさんか、ご近所さんか?よくわからない人も黙って座っている。

ムビーンに、紹介されたが、つながりはあまりよくわからなかった。

 

不思議な空間だ。

謎だらけだ。

暗くなってきたので、家の中はオレンジ色の照明がつけられている。

 

ムビーンは、いったい耳かき掃除で何人養ってるんだろうか。

 

ムビーンと、パプーは英語が話せるが、

その他の人は、英語が通じない。

 

ムビーンの家では、

外の往来のように、積極的にガンガン話しかけてくる人はいない。

 

そのかわりに、

「Take photo!」

と、ムビーンや子どもらに、ひっきりなしにせがまれる。

「One more. One more.」

撮影会が続く。



俺は、旅の記録は目に焼き付けよう、と思うタイプだったので、

使い捨てカメラ一個しか持ってきてなかった。

 

フィルムが、あまり無いんよなぁ~

と思いながらも、

ムビーンや、

子どもたちの、願いを聞いていた。

 

何枚か撮影すると、今度は服を着替えてくる、と言って、

子どもらは、おめかしをした。

 

むちゃくちゃ気合い入った姿で出てきた。

サングラスまで、かけている。

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写真を撮るためにお着替え、靴まで@ナイス☆




 

俺は写真を撮る。

子どもらが喜ぶ。

 

本当に写真が好きなようだ。

自分の姿を撮ってもらうことを、これほど喜んでくれるとは。

 

ムビーンの家に来て、

何時間か経った。

 

ムビーンは、夕食を出してくれる、と言っていたが、いつできるのだろうか。

 

そもそも、キッチンは無い。

 

どこで作ってるだろう。

 

家の外の小道で、

火を炊き、何やら作っているようだ。

 

たぶん、カレーだ。

 

家の中に、コンロや、水道があるわけではない。

小道で、火をおこし、水道も小道にある。

地面から、30~50センチほどの高さに蛇口がついている。

洗い物も、そこでしている。

 

地べたにしゃがみこんで、奥さんらしき人が作っているようだ。

 

食事は、いつ出てくるかわからない。

時間がかかりそうだった。

 

俺は、日本に電話をするために、公衆電話の場所を聞いた。

 

どうやら、家の裏に、「電話屋」があるらしい。

 

そう、この頃のインドには、

電話屋がある。

 

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電話屋@デリー

電話屋は、かけたいところに、電話をつないでくれるのだ。

インドには、電話は当たり前に設置されていない。

首都デリーでも、庶民の暮らしには、電話はなかった。

 

電話屋で、日本の自宅に電話をつないでもらい、家族に無事をつげた。

家族は、心配しているようで、母の声は、あまり出なくなっていた。

日本まで、数分の電話で、200Rsほど、約700円くらいだった。

 

電話を終えて、ムビーンの家に戻ると、

やっと食事ができた、と言う。

 

鍋の中に、オレンジ色に光っているカレー、具は何やらわからないが、量だけはたくさんあった。

カレーの横には、チャパティだろう。

 

料理の品数は、さほどない。

 

しかし、生活の水準はしんどいかも知れない耳かき屋のおっさんが、

「さぁ、食え。」

と、気前よくふるまってくれる姿に、遠慮なく頂いた。

 

実は、最初は、遠慮していた。

 

裕福とは見えない生活。

外国人の

俺までごちそうになっていいのだろうか、と。

 

みんなが、むさぼるように食べ始めた。

子どももムビーンもがっつくように、食べている。

 

俺も、頂いた。

 

カレーはスパイスのきいた辛いものだが、

外の店で食べるものとは、比べ物にならんくらい旨いインドカレーだ。

 

これが、家庭のインドカレーか。

 

みんなが、がっついて食べているのもわかる。

鍋の中から、カレーをすくいとり、かわるがわる食べる。

そして、焼いたチキンのようなものがあった。

チキンティッカだと思う。

 

このティッカ、

カレー以上に旨かった。

 

大人数で食べているので、

遠慮したが、

何本か食べた。

 

このティッカを越えるインド料理は、この先の旅では、無かったくらいだ。

 

夕食のあと、

ムビーンが、やっぱり泊めるのは無理だ、と言う。

俺もそう思う。

そら家に入りきらんわ。

 

布団も、一枚か二枚しかない。

 

俺は、ムビーンたちの勧めてくれたホステルへ行った。

 

そこは、国営のツーリストキャンプだった。

 

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