旅人教師@アジ亜太郎

道があるなら陸路で行こう。 ~貧乏人の一人旅~

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インドで価値観が変わる理由

 

いろんなところで聞く。

 

「インドに行くと価値観が変わるよ。」と。

 

本当に価値観が変わるのか。

実証したくてインドに行った一面もある。

 

なぜ、価値観が変わるのか。

なぜ、それが、インドなのか。

 

旅の経験から、一考察。



日本の表とインドの表

まず、インドと日本は、

全然違う文化、習慣、経済情勢、人、であるということがある。

 

 

日本で「常識」と思っていることは、インドでは「非常識」だったり、

 

日本で、「非常識」なことが、インドでは「常識」だったりする。

 

このことがまず、

価値観を、それまで学んできた自分の経験や考え方を、

ぐらぐらと揺さぶってくる。



遠慮の国と、本能の国

そんなものは、

日本人同士でもあるじゃないか、

と思う人もいるかも知れないが。

 

 

たとえば、

 

日本人は、人とのコミュニケーションで、

 

「遠慮」を美徳とし、

 

相手の気持ちは、お互いに「察する」、

 

思ったことも、口に出さず遠回しな言い方をする。

 

そして、相手は、またそれを察する。

 

とゆうやり方をしているが、

 

インドの人のコミュニケーションは、やや違う。

日本の、「遠慮」にあたる言葉はないのではないだろうか。

 

 

とにかく、思ったことはどんどん口に出す。

 

欲しいものはとっても欲しい、

 

好きなものは大大大好き。

 

 

なんとも、はっきりしている。

 

邪魔なものはめっちゃ邪魔と感じ。

 

きれいなものは、その興奮がやまないほどにきれいに感じる。

大声で叫びだすくらいに、感動もする。

 

明快な人たちだ。

 

だけど、その壮絶な明快さが、

 

普段、

奥ゆかしさや、

慎ましさや、

慮り、

を良しとしている我々から見ると、

 

びっくりするくらい価値観を揺さぶられる。

 

あれれ、自分の思いが伝わらない?

自分だけ感覚が変なのか?

ぼくが、こうしたいと思ってるのは、

見たらわかるだろー!

と言いたい。

 

が、そんなことはおかまいなし。

 

当たり前が当たり前じゃない

日本という国は

物質的に豊かだと思う。

 

欲しいものは、上質な状態で手に入れることができる。

 

インフラも整備されていて、

 

国土の広さの違いもあるだろうが、

 

日本では、何事もドメスティックな状態が

 

安心感にもつながっている気がする。

 

 

インドでは、

 

そんな安心感はなさそうだ。

 

目の前に起きている現実に、

 

しっかりと向き合っている気がする。

 

日本人は、「何のために生きているの?」

と聞かれたら、何と答えるだろう?

 

インド人は、同じ質問をされると、

「生きるために、生きている。」

 

と、しっかり答えそうな気がする。

 

というか、

言わなくても、そう見える。

 

なぜか、物質的に豊かとは感じないのに、

 

目の輝きが強く、クリアーで、

活力を感じる。

 

不思議なパワーをもっている。

 

 

当たり前が当たり前ではないというのは、

 

子どもたちを見ると、さらにはっきりとわかる。

 

日本の子どもは親から

勉強する道具くらいは、何もいわずとも与えられる。

 

インドの子どもは

勉強道具すら、満足に与えられないようだ。

 

えんぴつなどの文房具類。

あげると、インドの子どもたちはとても喜ぶ。

 

幼年時代から、

価値観の違いが、育てられてきているのだろう。

 

文房具は、

インドの子どもたちにいろいろあげた。

 

その喜ぶ顔は、

まぶしいものだ。

 

子どもの喜ぶ顔は宝だ。

 

写真。

インドの子どもは、写真を撮ってもらうことを

すごく好む。

 

カメラを持つと、すぐにたくさんの子どもたちが寄ってくる。

 

なかには、

いい服に着替えて、写真を撮ってもらおうとする子どももいる。

 

日本では、

その姿は想像しがたい。

 

今、身の回りで当たり前と感じていることは、

世界の常識ではないということが、

インドでは見えてくる。

 

屋根も壁もない家に住んでいる人も世界にはいる。

 

みんなが生きるために生きていると思う。

 

日本人もそうだ。

 

国によって、生き方の

アプローチが違うだけだ。

 

それぞれの国の生きるスタイルを尊重しながら、

人について勉強させてもらっている。

 

インドを旅する人は、

旅の中で学び、

 

「人とは何か」

ということを、こっそり独りで、自問自答しているんだろう。

 

だから、自分の価値観が変容してくるんだろう。

 

 

 

インドで、一ヶ月ほど過ごすと。

 

見えるものが少しずつ変わってくる。

 

インドでは、学歴があるのは、一部の人。

 

あとは、生まれながらにして、自分の人生が決まっている。

 

日本よりも、その「さだめ」を大きく背負って生きている。

 

だからと言って、不幸ではない。

そんな様子は感じさせない。

 

エネルギーがあり、バイタリティーにあふれている。

 

日本人の価値観を揺さぶってくるには、

十分なことが、日々やってくる。

 

 

あっと、ひとつだけ補足するが。

 

インドでコミュニケーションを積極的にするのは、男性である。

インドの旅で登場するのは、男性がほとんど。

だから、価値観に影響を与えるのは大半が男性だ。

 

インドの女性は、また違った感覚があるだろうと思う。 

 

 

インド人は、

日本人と接して、価値観が変わらないのだろうか?

と思う。

 

価値観が変わることを、

日本人だけが、感じてることだとしたら、

これまた、

相手を「察する」力を発揮しているなあ、と

しみじみ感じる。

 

亜太郎

 

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