旅人教師@アジ亜太郎

道があるなら陸路で行こう。 ~貧乏人の一人旅~

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こんな人にインドは向いている! 考えられる5つのタイプ。

インドってどんな国だろう?

インドは、こんな人たちに向いている!

思い当たる人たちには、是非ともおすすめの国です。

 

 

1かまってちゃん。淋しがり屋な人

 日本以外のアジアの国は、だいたいの国が人と人とのコミュニケーションを活発にする。

特にインド。

この国は、淋しがり屋な人や、人から注目されたくて目立とうとするかまってちゃんにとってはもってこいの国。

目立とうとしなくても、向こうから必ず声をかけに来てくれる。

声をかけてくるのは、大人のインド人だけでなく、子どもであっても積極的に迫ってくる。

人からかまってほしくて、ついつい余計なことをする人や、派手な格好をする人、目立つために人と違うことをしようとする人。

みんなまとめてインドに行こう。

きっとそこでは満たされるでしょう。

やばいくらいちやほやされます。

インド人の語学は堪能なので、英語だけでなく日本語がけっこう話せる子どもなんかもいる。

さみしい気持ちなんか一瞬で忘れ、日に日に英語力もついてくる。

得なことだらけです。

 

 

2ちっさいことを気にする人

インドに行ったことのある人は「逆だろ」と思ったかも知れない。

でも、個人的には、意外と「向いている」と思う。

いや、そんな人に「おすすめ」したい、の方が強いのかもしれない。

 

日本に住んでいて、どうでもいいような小さなことや、人の発言をちまちまと気にしている人。

そんな人にも、インドは一度行って欲しい国。

 

自分の器がちっさいなあーと感じている人はインドに行ってみよう。

日本にいるから、そんなことばっかり気にしてたのか、と感じることがあるはず。

インドに行くと、日本で気にしていたことがいかにスケールの小さいことだったかが、わかるはず。

インドでは、とにかく、みんな生きることに必死。

メンツやプライド、見栄を気にして生きているなんてことはなく、

今日明日食べる物を手に入れるために、必死に生きていくのが、インド流。

 

とはいえ、場合によってはインド人は日本人よりもちっさいことを言い出すこともある。

しかし、ちっさいことを言うにしても

インドのそれはスケールが違う。

日本人が聞くと、思わず苦笑してしまうような、無邪気なちっささだ。

あまりにも幼稚なことを言い出すインド人もいるので、

ときどき、かわいさを感じてしまうこともあるだろう。

 

3辛いものが好きな人

 食事はとにかく辛い。

日本のカレー専門店の3辛くらいからが、インドの標準の料理だ。

屋台で食べようがレストランで食べようが、

インドカレーはとにかくエスニック、スパイシー、ホットカレーだ。

その辛さは、

慣れてくるとあとにひくことも無く、爽快にも感じてくる。

慣れるまでは、

インドの気候の暑さ、

そして熱くて辛いカレー。

いつも一瞬で汗が吹き出す。

汗ふきタオルなしでは、食事もできないくらいいっぱい汗をかきながら食べることになるだろう。

 

でもこれが、不思議とやみつきになる。

3食カレーを食べているのに、飽きることもさほどない。

 

辛いのはちょっと、という人には、フライドライスというチャーハンのようなものもある。

これは辛くなく、味も標準的で食べやすい。

食べやすいものもあるが、

辛いものが好きな人には、インドカレーと、甘くて冷たいスプライトの組み合わせ。

おすすめです。

 

4ものごとを適当にする人

インド人の仕事の運び方は、日本人からするとなかなかいい加減なものだ。

きっちりものごとをしないと許せない人には

インド人の仕事にはイライラするかもしれない。

しかし、

まあ、だいたいでいいよ、

なんとかなるさ、

という考えかたの強い人には、インド人の仕事もわりと性に合うだろう。

たとえば、インドの電車。

発車時刻通りに来たことはない。

 

それどころか、数時間待つことがざらにある。

4時間くらい待ったら、

「もー実は先に行ったんじゃないか。。。」と不安にもなってくる。

が、遅れることはあっても、出発時刻より先に出ることは無い。

ほんまにいい加減さには驚くが、慣れてくるとこれも心地よいだろう。

 

さらに、電車については、

駅ごとに、どこの駅に着いたのかの表示が無い。

何時間も乗って着いた駅が、どこの駅なのかわからないのだ。

当然、アナウンスもないから、

周りの人に、必死に「ここは何駅なんだ!?」と

ききまくることになる。

 

もしも、乗り越したら、長距離列車なら、一駅引き返すのにも膨大な時間がかかる。

なんともスリルある鉄道である。

 

いつくるかわからない。

どこについたかわからない。

また途中で止まった駅でも何十分停まるのかわからないのだ。

一度、電車から降りて、ホームをウロウロしている間に、電車が動き出したので、慌てて走って飛び乗ったことがある。(インドの電車は、そもそも扉があけっぱなしなので、いつでも降りれていつでも乗れる)

適当にする人にはもってこいではないだろうか。

 

5人と話すのが苦痛でない人

インドでは、異常なくらい話しかけられる。

 

人と話すのが、好きな人でも、ときたま苦痛になるのかもしれない。

話しかけられすぎて、いざ自分の部屋にもどるとなんとも自由になった気持になる。

が、

基本、インドの旅にコミュニケーションはついてくる。

このコミュニケーションなくして、インドの旅は進まない。

 

人と話すことが苦痛でない人には、きっと楽しい旅が待っているだろう。

1990年代インド8 一人旅 ~インドの耳かき屋の家に行った~

 

「メニイヤクザピーポー」が鼻につく、パキスタン人を残し、

俺はコンノートプレイスに入った。

インドに来て以来、人の優しさ、について考えることが多い。

 

優しさは、結局自分のために出てくる感情なのか。

 

「メニイヤクザピーポー」と言っていたあいつ、俺はあいつに助けてもらった。

 

でも、あいつは俺を、ビジネスのために、助けていたのか。

 

ビジネスのためだとしても、

俺はそのことをそんなに気にしなくていいのかも知れない。

 

無償の優しさってのもあるんだろう。

 

でも、日本で感じていたそれは、

インドに来てからは、あまり見えなくなった。

 

 

1997年2月21日

俺は、ついにムビーン(仮名)に会えた。

 

日本を出る前に、そうちゃんに紹介してもらった耳かき屋のインド人。

 

ムビーンは、あらかじめ他のインド人から、俺が探していることを聞いていたようだ。

 

20メートルくらい向こうから両手を広げて、

「ハロー。ナイスチューミチュー。」

思ったよりハイテンションの耳かき屋。

 

俺の想像していた人とは、すこしちがった。

 

インド人の耳かき屋と言われて、

頭にターバンを巻き、上半身裸で、「耳かき棒」を打っているおっさんかを想像していた。

 

七三分けの黒髪に、眼鏡をかけ、モスリムスーツを来ている。イスラム教徒だ。

 

何よりも予想と違ったのは、

耳かき棒を売っているのではなくて、人の耳かきをすること自体を仕事としている、耳かき屋だった。

そんな仕事があるのか。。

(後日、実際にムビーンに耳掃除をしてもらう。それはまたまた想像を超えていてびっくりした。)

 

俺は、ムビーンに、そうちゃんからもらった写真を見せた。

 

そして、日本でそうちゃんからことづかった、封筒を渡した。

手紙や写真やいくばくかのお金が入っていたのだろうか。中身はわからない。

 

写真を見ると周りにいたインド人までが、

「ソウニムラだ。(そうのむら=野村聡:仮名 だ)」と言っていた。

 

すげえ。

 

コンノートプレイスにいる、他のインド人までが知っている。

 

あとから気づいたが、ムビーンの周りにいるインド人たちは、いつも行動を共にしている。まるでファミリーのようだ。軍団ムビーンか。

 

ムビーンはなんとなく、この公園の中で力がある人のようだ。

 

そして、もう一人、公園の隅で、屋台でジュースを売っているインド人。

ペプシコーラ屋のパプーシン(仮名)。

こちらは、「シン」とつくので、

スィク教徒か、ヒンディー教徒だ。

ターバンを巻いていないので、おそらくヒンディーだろう。

 

この二人がわりとこのグループを仕切っているようだった。

 

パプーが、コーラや水やピーナッツをたくさんくれる。

なんか、急に信じてもいい人に出会った気分で。

また、なんだか泣けてきた。涙が出てくる。

 

インド人は、悪いことも良いことも本音で向かってきている気がする。

だからか、ささいな良いことでもひどく感動する。

 

俺はコンノートプレイスに夜までいた。

ムビーンの周りのインド人らと、いろんなことを話していた。

 

夕方頃、偶然柴田さんに会った。

昨日相部屋をした、若干、自慢まじりに話す関学生だ。

「なんや、泣いてるやつってお前か。」

いやなやつに会った、と俺はそう思った。

 

どうやらコンノート公園の中で俺は有名らしい。

「クライング ジャパニーズ イズ トゥワード デアー」

と言われているらしい。

 

「柴田君よ、きみ、旅の中で一滴の涙も出ないのかい?

何をみて、何を感じて旅してるんだい。」

とは、言わなかった。

 

夜9時過ぎ。

今、俺は、ムビーンの家に来ている。

 

インド人の家に来たのはもちろん初めてだ。

 

すごい家だ。

全部で四畳半か。

何人で寝るんだ、この部屋に。

7人か?8人か?

すでに、子どもが3人寝ている。

 

家に着くまでに通った路地もすごかった。

道幅80センチ?どこまで奥にはいるんや。

この先に家があるんか?

 

台所代わりの蛇口のある場所も地面から30センチくらいのところにある。

ムビーンのファミリーか?10歳くらいの少年が、どっかの家の屋根の上で寝そべっている。

家の中は狭くて入れないのかも知れない。

テレビはある。

14型のブラウン管。

家の中心に掛け布団がある。

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耳かき屋の家@デリー

 

家の入口の辺りで、

地面から30センチくらいのところにある蛇口を使って、何やら晩御飯を作ってくれている。いったい何が出てくるんだ?

 

俺がカメラを手に持つと、いろいろな奴らが

「フォトを撮ってくれ!」

とせがんでくる。

それどころか、子どもたちはドレスアップしてくる。

どこに服がしまってあったのだろう。

 

「写真を撮れ、写真を撮ってくれ」、と何度も何度も言ってくる。

それほどに写真は珍しいのだ。

何度も何度も色々なポーズで迫ってくる。

 

いや~写真を撮るのに、うんざりしてきた。

 

写真を撮り続けて夜が更けていった。

1990年代インド7 一人旅 ~しつこい インドの客引き~

2月21日(金)

朝9時、カニシタホテルをチェックアウトした。

ホテルから出ると、柴田くんとはすぐに別れた。

 

 

ポストオフィス

とりあえず、

日本にエアーメールを送るために、ポストオフィスへ向かったが、10時オープンのため、あいていなかった。

 

日本への連絡は、国際電話という手段もあるが、なんせ料金が高い。

ほんの数分で、500円ほどのインド用テレフォンカードが底をつく。

 

だから、できるだけエアーメールで旅の無事を知らせる。

日本にいたら、海外からの手紙は意外と嬉しいもんだ。

 

インド人の猛攻撃

インド人はほんまにしつこい。

道を歩いていて、向こうから話しかけてくるときは、あまりいいことがない。

たいていが「ビジネス」だ。

 

インド人の決め台詞

この台詞を旅のなかで、何回聞いたことか。

 

1「ノープロブレム」

全然ノープロブレムではないときに、言う言葉なのか。

おまえにとっては、ノープロブレム。

俺にとっては、ビックプロブレムじゃ!と言いたくなる

 

2「ヘイ!ブラザー!」

全然ちゃうやろ。どこが兄弟じゃ!似てもにつかん。

こんな兄弟がおったら、こわいわ。

 

3「ビジネス イズ ビジネス。 バット フレンド イズ フレンド。」

商売は商売。

友達は友達。

「今、ぼくが君に優しく案内しているのは、ビジネスのためじゃないよー。友達として優しく教えてあげてるんだよー。」

って、どこがじゃ。

おもっきり法外な値段提示してきてまんがな!

友達だから、兄弟だから、そんな言い方でうのみにするか~。

 

今朝も、案の定話しかけて来られた。

しつこい。

しつこい。

しつこいが、たまに弱気になる奴。

 

たまに、いい人そうに感じる。

 

そいつとずっと話しながら歩いていた。

 

俺は、インドに着いたばかりだが、

帰りの飛行機のリコンファームを取っておこうか、と考えている。

帰りの日時は決めずに出てきたが、

デリーを離れると、航空会社のオフィスも少ないだろう。

とりあえず、帰国の日を決めてしまおうか。

 

エアーインディアに行くことにした。

 

気弱インド人もついてくる、と言ってきた。

エアーインディアに案内してくれるらしい。

 

こいつえらい暇やねんなー。と思った。

 

ええ奴か悪い奴かわからん。

 

でも、しつこいのはほんまにしつこい。

 

「ミスター、お腹すいてないか?あそこのレストランに行こう。」

 

いやいや、エアーインディア行くゆうてるやん。

 

「ミスター、そういえばインド門はいいとこだぜ、インド門に行かないか?」

 

だから、行けへん!ちゅうてんねん。なんで急にインド門やねん。

スケジュール、ごっそりそっちになるやんけ!

 

インド人、ほんま、人の予定、勝手に決める奴が多い。



そうこうしている間に、

俺と気弱インド人は、エアーインディアに到着した。

 

エアーインディアでリコンファームをとる手続きが、

なかなか窓口の女性に伝わらない。

ただ用件を伝えるだけではないのか?

 

よくわからないやりとりをしていると、気弱インド人が話しに入ってきた。

横からいろいろと親切に教えてくれた。

おかげで、手続きはスムーズに進んだ。

 

こいつのおかげで助かった。

ナイスやブラザー!

 

リコンファームの手続きを終えた俺は、もう一度ポストオフィスへと戻った。

 

エアーメールの手続きも、気弱インド人が活躍し、なんなく終わった。

 

とりあえず、俺の済ませたい仕事を横でせっせとサポートし、

スムーズに終わらせてくれる。

いい奴じゃねーか。

 

俺は、用事を済ませたのでコンノートプレイスに行きたかったが、

先に銀行へ行くことにした。

 

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花飾りをつけたラクダ@コンノートプレイス周辺


 

両替したルピーはまだまだあったが、バンクレシートがない。

空港で両替した銀行?はレシートをくれない両替屋だった。

 

この先の旅で、電車の切符を買うためには、両替したレシートが必要になる。

「俺は、アメリカンエキスプレスに行くんや。」

と言うと、

気弱インド人が、

 

「OK、俺に任せろ。」

と言って、またまた案内してくれた。

 

 「ここが、アメリカンエキスプレスだ。(This is AmericanExpress the man said!)」

と言われて連れていかれたのは、

バスだった。

 

「うそつけ!」

「いやいや、つっこみどころ満載すぎるやろ!バスやんけ!」

というのも、あほらしいほどのバスだった。

が、それは、バスの形の銀行?らしきものだった。

 

「わ、ここで両替しとるツーリストおるやん。。でも、俺はこことちゃうねん。。」

バスの中からは、必殺の高速手招きをしているインド人がいる。

銀行員から誘っている。

 

また、このパターンかよ~。

 

「にせものやんけ! (It's not real bank。)」

 

俺は地図を頼りに本物のアメックスを探した。

気弱インド人がついてくる。

 

本物のアメックスがあった。

本物のアメックス、重厚な建物だ。

 

「これが、アメリカンエキスプレスや!わかったか気弱インド人!」

 

俺がなかに入ろうとすると、

今までどこに行ってもずっとついてきて、

親切に手続きを教えてくれたあいつは、外で待ってる、と言って入ってこない。

 

なんでやろう。

と、思いながら一人で銀行へ入った。

 

アメリカンエキスプレスは、建物が重厚なだけでなく、警備も厳重だった。

銀行内は、たくさんの警察が警備にあたっていた。

 

一瞬、この建物のなかだけ、自由になった気がした。

 

それだけ、インドでは、

間髪いれずたくさんのインド人からの猛烈なアタックを受けていたのだと実感した。

 

アメリカンエキスプレスでは、バンクレシートももらえた。

手続きもスムーズだ。俺に横やりを入れて惑わすような奴もいない。

 

冷房のきいた快適な銀行を出た。

 

外には、あいつが待っている。

「俺は今からコンノートプレイスに行く。」

 

気弱インド人は俺に言った。

 

コンノートプレイスは危ないところだ。

お前はだまされる。行かない方がいい。

 

こいつが途中で何度も繰り返す、「メニイメニイヤクザピーポー」が耳ざわりだ。

 

もーええから、俺は行く!

 

「メニイメニイヤクザピーポー!」

 

コンノートに入っていく俺に向かって後ろから叫んでいた。

 

なんであいつ、ここにはついてこないんや?

あんだけしつこいのに?

 

コンノートプレイスでそのやりとりを見ていた、一人のインド人が俺に急に話しかけてきた。

「あいつはパキスタン人だから、コンノートには入れないぜ。」

 

マジで?

そんなルールあるん?

さらに続けた。

 

「あいつは危険なガイドだ。関わらない方がいい。あぶなかったな、おまえさん。」

 

気弱なとこも、

親切なとこも、

インド人のとこも、

 

俺は全部間違っていたのか。

 

でもあいつのおかげで助かったこともあった。

 

なんだろう。

 

俺は、なんだか、なんとなく悲しくなった。

 

インドの旅 便利な旅の服装はこれだ

インドを旅するのに、どんな服を着ていけばいいのか。

 

インドへ行くのに、どのような旅をするのか、によって用意する服装は変わってくる。高級なリゾートホテルやフォーマルな形でのお食事会などに行く人は、それなりの場にふさわしい服装が必要だ。

しかし、個人のぶらり旅、などで行く場合、それほど服装に気を使う必要はない。むしろ、いい服装を持っていくよりも、ぼろぼろで色あせたもの、もう処分しようかと思っているくらいの服装でちょうど良いだろう。

 

汚れてもいい服、濡れてもいい靴

 インドの庶民の日常生活に近い場所、を旅行するなら、衛生的にもそれほどきれいな場所ばかりではない。

きれいな場所を見つけて座る方が難しいほどだ。

 

 そこで、服は汚れてもいいものを用意した方がいいだろう。

ホテルの中は、多少は清潔に保たれているが、電車やバス、町中の庶民的な食事どころや道などでは、衛生面に手が行き届いているとはいえない場所が多い。

 道路には、ゴミがその辺に散乱していたり、牛のフンがそこらじゅうに落ちていたりする。

フンをふんづけてしまうこともしばしばだ。ひどいときには、水洗いしなくてはならない。

インドへは、汚れてもいい服や濡れてもいい靴を選んで行きたい。

 

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デリー到着直後@深夜のデリー



 

とにかく動きやすいかっこうで

 インドでは、リクシャやオートリクシャ、タクシーなどといった乗り物がたくさん走っている。移動するときはこれらを使用することが多いが、その都度値段交渉する必要がある。

 値段が折り合えば、乗り物にのるが、乗ったからといって目的地にスムーズに到着するわけでもない。

 

 旅に慣れてくると、その辺の予測がなんとなくたつようになる。

 

 もしも、こちらの希望と相手の言う値段が折り合わない時は、

「目的地に素直に着くかどうかも怪しいもんやし、少しの距離くらいは歩いて行こうか」、なんてこともあるだろう。

 

歩くことはある程度前提と考え、動きやすい服装を着ていこう。

 

 さらに、町中を歩くとき、それはそれは一苦労だ。

なぜなら、

 

インドには交通ルールがない

からだ。

 

そんなアホな。である。

そう、確かにルールはあることはある。

 

あることはあるが、

ないように見える。たとえば、

 

・歩行者が渡ろうとしても、そんなもんで停まるような乗り物はない。

車と車のあいだをぬって、足早にサササッと渡り切る必要がある。

大阪の運転より何十倍もきわどい。俺はこの国では絶対運転できねええ。

きわどすぎて、一度俺が乗っていたオートリクシャが他のオートリクシャに激突し、つかみ合いのケンカが始まった。

乗ってる俺の心配せえよ!である。

 

・有名なインドのクラクション。

ついているのに、鳴らさないなんてもったいないことできるか、と言っているかのように、鳴らしまくる。というか、長押ししたまま走っている。朝はそれで目が覚める。目覚ましクラクション。

 

・よっぽど大きい道では信号が生きる。

小さい道では、信号よりも動いている車を見ていた方が安全かも。。止まる方が危ないくらい。

 

・バスや電車の扉は閉まらない

バスの扉はあけっぱなしだ。

チャンスがあったら、バス停以外からでも乗り込んでいい。

一度、70~80歳くらいのよぼよぼしたインド人のおばあちゃんが、よろけながら走ってバスに乗り込んでいたのを見て驚愕。

バス止まったれよ。。

また、バスは、中が満員で乗れなかったら、屋根の上に乗っても別に怒られない。落ちてケガしても自己責任。

電車の扉が開いたままなのは、本気でこわい。

夜行電車では安心して寝れん。

命がけ。

 

 交通事情がこうなっている。

こぎれいな服装では、旅がこなせる気がしない。

 

とはいえ、一着は

フォーマルな場の服装が必要なとき

きままな一人旅、といえども旅ではいつ何が起きるかわからない。

いざというときに、着れそうな服も、荷物に余裕があれば一着はほしいところ。

 

長ズボン&襟付きのシャツが必要なとき

としたら、次のような場面だろう。

・公的な場所に出向くとき。

・ブランドショップなど、やや高級な場所に出向くとき。

 

俺の場合は、こんなこともあった。

・インドでは招待されていないのに結婚式に参列できるため、

 現地で知り合ったインド人の冠婚葬祭などの場所に出向くとき。

というのがあった。

うまいご飯がたらふく頂ける。是非、1着用意したいとこ。

 

身に着けるおすすめの小物類

腕時計

インドでおすすめなのは、防水性で頑丈な時計。

俺は、常にGショックをつけていた。

機能面では文句なしの時計なのだが、インド人からすると高級時計。

なんども、「ハウマッチ?」と聞かれ、貧乏旅行者でありながら、金持ちのような目で見られる。目立つのが難点。

 

サングラス

これは、安いものを使用していても目立つ。

金持ちのように思われる。

必要なければ、つけない方が、たかられたり盗難にあったりする心配がなくなる。

 

ファッションでこれだけは気をつけよう

肌の露出

宗教的な側面もあり、インドでは肌の露出は好ましくない。

特に女性の肌の露出はなるべく少なくしよう。

あまり目立ちすぎる露出があると、性的な被害の可能性も出てくるので注意が必要。

高級な物

とにかく高級な物や派手な物は目をひいてしまう。

目をひくだけで済めばいいが、とにかくしつこく近寄ってくる人間も多いのがインド流。一度ロックオンされると、なかなか逃げられなくなり、いつの間にか盗難にあっていたなんてことも。

安価で別になくなってもかまわない、くらいの物を身につけておくほうがいい。

身に着けている小物類と靴は、どうしても高級感が消し切れない部分でもある。

いくら古いものでも値打ちが出てしまう。

できるだけ、お金をもっていないような装いがベターだと言える。

バックパック!荷物チェックリスト!旅に便利なアイテムベスト5

これが旅のアイテム!!

絶対に必要なものから、個人的にもってたら便利なおすすめ品まで。
日本で当たり前のように手に入るものも、行く国によっては、手に入りにくかったり、値段が異常に高かったり。必要だと思うものは、日本から持って行こう。
ただし、あくまでもすべて自分で「持ち運ぶ」ものだ、ということを忘れずに☆




絶対必要!貴重品


パスポート

期限・ビザの確認

現 金 円 外貨

円・米ドルがあればいい。

トラベラーズチェック

保険として。サインをしておこう。

航空券

出発日時をきっちり確認。到着時刻も知っておこう。

海外傷害保険

保険はあった方がいい。携行品の保険もおススメ。

クレジットカード

1枚あると便利。

スマホ

カメラ・懐中電灯・地図の役割も果たす。※1990年代当時無し

ポケットWi-Fi

行き先によっては、SIMフリーがおすすめ。※1990年代当時無し

衣類はこれだけあればいい


Tシャツ×3

日本では捨てようか迷っているようなものでいい。

長ズボン 短パン×1

暑いので短パンもいるが、チノパンなどの長ズボンも1着必須。

ロングスカート×1

女性のスカートは長いほうがいい。

下 着×3

汗をかくので、こまめに洗濯しよう。

長 袖×1

寒い時間帯もある。

ジャンパー・セーター

時期と行き先によっては、冬服も必要だ。

帽 子

必要なら持って行こう。俺はタオルを頭にまいていた。

靴 下×2

スニーカーを履くときのために。

スニーカー

移動日は必ずスニーカー、トレッキングシューズ等がいい。

サンダル

宿の中でよく使う。なければ現地調達だ。

薬品・雑貨・アメニティ


タオル

バスタオルは必要ない。

常備薬 

下痢止め・風邪薬・目薬・虫さされ・虫よけ・蚊取り線香・ばんそうこう等

爪切り

爪は切ってから行こう

ひげそり

ひげは剃ってから行こう。現地の人はひげを生やしている。

洗濯洗剤

衣類の手洗いをするために。

歯ブラシ

歯磨き粉も持って行こう。

トイレットペーパー

ティッシュがあまり無い。旅慣れるまであった方がいいだろう。

せっけん

手を洗うせっけんはどこにもない。

ライター

何かと使える。現地では欲しいとせがまれることも。出入国時については注意。

寝 袋

ベッドで寝る時でも使える。シーツの清潔さは未知数のため。

懐中電灯

スマホは手放すとなくなるので、設置するには懐中電灯が良い。

雨具

夏場以外は雨の日は少ない。

目覚し時計

スマホの目覚ましでも十分。

サプリ※ビタミン等

必要な人はもっていこう。

ボイスレコーダー

交渉のときなど、すぐに録音できるレコーダーがあると使えるかも。

筆記用具

必須。



大都市以外で、日本語の本は手に入りにくい。

ガイドブック・地図

辞 書

電子辞書は目立つのでインド人が寄ってくるぞ。

日 記

旅日記をつけよう☆

鍵 類


鍵束ホルダー

鍵を束ねるものがある方がいい。

南京錠

バックパックに必須。

チェーンロック

電車の中等、カバンは何かに巻き付けてとめよう。

インドに特別なものは必要ない

 荷物はぶらりと友達の家に2、3泊泊まるような感覚で用意すればよいだろう。
 たとえば、1ヶ月のステイをしようと考えると、荷物がかさばるのは当然だ。

 しかし、インドは、ほとんどのことが日本ほど緻密ではない。
 ファジーなところも多い。
 だいたいやなぁ、とか、あいまいだなぁと感じることも多い。

 旅の準備もだいたいでいい。
 用意周到な頭はあまり必要ないだろう。

 何日間くらい、どこに泊まるか、にもよるが、ざっくりした準備でもやっていけるはずだ。

ほとんどの物が現地で手に入る。

 これが絶対に必要というものはなく、ほとんどのものは現地でわりと安く手に入るのだ。
 だから、俺はあまり細かい準備まで考えず、カジュアルな準備をおすすめしている。
 
 日本であまり使わないものや古くなって買い換えようか迷っているようなものを持っていき、
それをインド人に譲ってあげたりすると、日本製というだけで、わりと喜ばれることもある。

 必要だったら、現地でインド製の新しいものをあらためて購入すればいいのだ。
 日本で買うよりだいたいが安いし☆


◆あると便利な旅のアイテム ベスト5

1懐中電灯

懐中電灯は、最近はスマホで事足りることが多い。
しかし、インドで、スマホを手放しに照明代わりに置いていたりすると、盗難の恐れがある。
懐中電灯なら、盗難にあっても被害が少なくて済む。おすすめの品。

2物干しひも

洗濯物を干すために、部屋につるしておくと便利。
洗濯物を干すところは意外と少ない。

3せっけん

貧乏旅行では、せっけんがおいてあるところはほとんどない。
重宝する。

4コンパス

これもスマホアプリである。
スマホを使うと充電が無くなってしまう。
できればコンパスを用意しよう。
値段もさほど高くない。

5水着

インドでは、肌の露出は控えた方がいいので、プールに入ることなどもほとんどない。
でももともとが暑い国なので、たまに水浴びをしたくなることも。
特に、海辺に行く時は持っていった方がいい。

◆意外と必要なかったアイテム

サバイバルナイフ

 ナイフを使って、果物を食べることはほとんどない。
 果物を買ったらカットしてくれることもある。

 一度、町中でサバイバルナイフを使ってヤシの実をカットしていて、
 目を離したすきに、高価なサバイバルナイフを盗まれた人もいた。
 (※品物によって出入国時は要注意。)

 ※インドの旅のときは、携行品の盗難保険も必ず入っておこう。一瞬で物がなくなることがある。


 日本国内では日常的にあるものでも、インドでは思想や法律、その危険性など様々な要因から持ち込みが禁止されている物もあります。荷づくりの際は、それぞれの国の最新の情報を知り得た上で、自己責任にて判断して頂きますようお願いします。本サイトを利用する事によって生じたあらゆる不利益や損害に対して、当方では、一切の責任を負いかねます。予めご了解のほどを。

1990年代インド6 一人旅 ~デリー・カルカッタ間 自転車の旅~

~壮大な冒険心~

 

 

 ムビーンに会えそうなのは明日。

 ムビーンに会えるかと思ってホテルもチェックアウトしてきたし。

 そろそろどこか泊まれるところを探さないとやばいかなあ。

 旅の初めのころ、滞在するホテルの重要さをあまり考えていなかった。すぐにどっか泊まるとこみつかるやろ、くらいののんきなもんだった。

今となっては、自分の寝床が確保できているかどうかが、旅ではもっとも重要なことだと思う。

安心して一泊できる所の確保。

 そこからやっとその町での旅が始まるなあ、と思う。

 

 到着したとき、すしづめ状態のインディラガンディー空港で少しだけ話した男がいた。

その名も、サイクル男だ。

 サイクル男は、少し大きめのスポーツタイプの折りたたみ式自転車を抱えていた。

 聞くと

「デリーからカルカッタまで自転車で行こうと思う。」

って。

 

なんと!おそろしい発想…。

 

 ここはインドやで。

 日本でも厳しいやろうに…。

 

 サイクルマンよ、ここはインドやで。

 広いんやで。

 カルカッタは遠いで~。直線距離で1300キロはあんで。

 

 茨城県から山口県の端っこまで、まっすぐ測ってみたけど、そんでも900キロやで。

 道もたぶん、ボコボコ道やで。

 

 俺は、このときカルカッタは遠いやろーということしか思ってなかったが、ほんまにインドは思っているよりもでかい。

 俺たちは、日本に住んでるから、距離の感覚は小さく育ってきている。

 インドを旅したら、まず人の多さと、その国のでかさを実感する。

 

 俺は、この旅の中で、電車でアグラーから、ベナレスまで行った。

 デリー~カルカッタ間の半分以下の距離だが、電車で12時間を要した。

 そのかん、電車から見える景色は、わりと平野が多かった。

 広大な赤土の荒野がどこまでも続いていた。

 地平線まできれいにみえる。

 赤土には、ところどころに緑の樹木が生えており、水牛の群れだったり、鹿だったりが、のんびりと暮していた。

 ビルが建っている景色はなかった。国道のような道もあるんだろうが、鉄道沿いから舗装されている道路があるような景色は、ほとんど見られなかった。

 

 サイクル男は、それも調べた上のことだろうが、それにしてもすごい冒険心だと思う。

 一人旅では、たまに壮大な冒険心を持つ男と出会うことがある。

 

 そんな男たちは、大きく二つにわかれる。

 

 「入念に準備してくる派」と、「まあまあなんとかなるっしょ派」である。

 

 壮大な冒険心野郎たちは、入念派が多い。

 まあまあ派の人は旅のスケールも「まあまあ」に収まっている。

 

 ちなみに俺は、まあまあ野郎だ。

 

 スケールも準備もまあまあだ。

 

 話を戻す。

「到着したとき、すしづめ状態のインディラガンディー空港で少しだけ話した男がいた。その名も、サイクル男だ。サイクル男は、少し大きめのスポーツタイプの折りたたみ式自転車を抱えていた。」

 この男。

 まだこんな所にいてるやん!

 

 コンノートプレイスのそばのアベニューで、自転車にまたがっていた。

 

 「おーい!サイクルマン!」

 と声をかけた。

 

 「ああ、きみか。空港で出会った。」

 

 「なにしてんのこんなとこで?もうデリーは出たと思ってたわ。」

 

 「いやあ……。すぐに出るつもりだったけどさ、道路の標識がさあ、何書いてあるのかわかんなくて。どっちに行けばいいのか……。」

 

 道路標識を見ても、たしかに何が書いてあるのかわからん。アルファベットやらヒンディー語やら、地名も見てもよーわからん。

「方位磁石は?」

 

「いや、磁石持ってないんだよね…。」

 

って、はよどっかで買ーてこいや!

 

 おまえさんは、チャリやねんから磁石いるやろ!

 俺でも磁石は腰にぶら下げとんで。

 

 サイクルマンは、壮大な冒険心の、準備は「まあまあ派」だった。

 

 いっちゃんあかんやつやん。

 

 イメージだけ壮大なっとるやん。

「とりあえず、こっち行ってみるわ。じゃあ。」

 

 サイクルマンは「とりあえず」行った。

 

 その後は、彼と出会うことはなかった。サイクルマンがどんな旅をしたのか、未だに気になっている。

 

 今日の宿を求めてコンノートプレイスから出ようとしたとき、柴田さんという男と出会った。関西学院大の四回生だ。

「泊まるとこ探してるんなら、俺の部屋にくるか?」

 

 柴田さんもなかなか変わっている。

そもそも、出会ったばっかりのやつを部屋に泊めてもいい、と思うか。

そして俺も

「ほな、泊めてもらうわ。」

と返事した。

 俺も変わっている。

 

 柴田さんは、インドを一周してきた男だ。もうデリーまで戻ってきたので、あとはフライトの日を待つだけだそうだ。

 

 この男、自信があるのか若干えらそうな、ものいいなのが鼻につく。

「おまえさあ、英語もできないのに何で外国に来たの?」

 来たらあかんのかい!

 別に英語くらいええがな!

 外国行きたかったからやんけ。

 インド行きたかったからじゃ~!

 

「一人旅はまずホテル確保だよ。よくホテルなしで荷物持ってウロウロしてたねえ。」

 旅の仕方を教えてくれてんのはありがたいが、なんか下に見られてて素直に聞けん。一晩じゅう、旅のことを自慢交じりに教えてくれた。

 

ホテル探す手間も省けたし。まあえっか。

旅の始まりの手ほどきとして聞いておこう。

明日はムビーンに会えるやろかな。

1990年代インド5 一人旅 ~インドで、初めて優しいインド人と会う~

2月20日(木)  インド二日目。

昨日の夜のお疲れの一件も、日が昇ると薄れ、目の前にインドの現実が迫ってくる。

夜は、宮原くんと二人でいろんな興奮を語っていた。

 

俺は、コンノートプレイスを目指す。

途中、よーさんのインド人が寄ってくる。

とてもすごい数の人だ。昼は人が多い。

みんなめちゃめちゃクラクション鳴らす。

この国の信号はほとんど守られていないようだ。

 

コンノートの手前まで、宮原くんと別の目的を持っていたので別れることにした。彼にはいろいろと世話になった。人口7億人の国。もう彼と会うことはないだろう。お互いの旅の幸運を祈って別れた。

 

辞書紛失!?ホテルのインド人に頼ると。

出発前にそうちゃんにもらった辞書がカバンのなかにない。

ホテルに戻ってインド人に「部屋に忘れ物はなかっったか?部屋に辞書を忘れた。探させてくれ。」と伝えた。

すると、「100Rs払え」と言ってきた。

めちゃいけずで人間不信におちいる。

大切な辞書だ。

「学生に辞書は必要だ。だから頼む。」と言うが、

「No chance!」と。

受け合ってくれない。泣きそうだった。そこのホテルで、昨夜知り合って少し話していた日本人学生に相談してみると、いろいろと助けてくれた。お金を払って部屋を探すより、もう一度バックパックの中を探した。

結局カバンの一番底から辞書は出てきた。大荷物で気づかなかった。

このときのインド人の対応、日本とのちがいはまだ若い自分にとっては「ガーン」というショックを与えた。

そうかー。インドがふつうなんやな。日本が、丁寧過ぎるんや。

そう考えるようにもした。

 

コンノートプレイスに到着した。

耳かき屋のムビーンを探すが、どれがムビーンかわからない。

あとでわかったが、耳かき屋と聞いて耳かきを売っているのかと思っていたが、「人の耳を掃除する仕事」だった。そんな仕事もあるんか。と思ったが、2010年を過ぎたくらいから、日本でも見かけるようになった。

住所を頼りにムビーンを探そうと歩いたが、まったくわけがわからん。

すごい渋滞、車の往来でひかれそうだ。2時間ほど歩いて、コンノートにもどった。

 

しばらくボーッとしていると、またインド人が話しかけてきた。

もう頼るものもないし、知り合いもいないし、まだまだ旅を楽しめるところまで行っていない。

海外の一人旅で何をしないといけないのかもわからなくなってきた。

もう、帰りたい気持ちになってきた。

話しかけてきたインド人に「こいつを探しているんや。」という感じで、ムビーンの写真を見せてやった。

するとそいつは、知り合いだ、と言う。

名前も言っていないのに、

「ムビーンか。」と言いよった。

「いつもいるところに連れてってやる。」と言ってつれていってくれた。

その人は話の内容が他のインド人より客観的な感じがした。

ぼくは好意を持ってついていったら、なんだか涙が出てきた。

誰も頼る人がいない。

誰に話してもだまされる。

この国で優しい人に出会う。すごい感動した。

ほかのインド人が、泣いている俺に

「Are you all right?」

と言ってくる。

なぜか、涙が止まらないわ。

二十歳になったけど、全然独りで生きていけないんやんけ。たとえどこで生きていこうとも。

なんか単純なことやけど、恥ずかしいくらい感動して。思い知らされて。

 

でも、ムビーンはこの日は来ていなかった。

明日来るらしい。

少し、光がみえてきた。

 

しかし、ホテルもチェックアウトしたし。

この日はどこに泊まろう。

なんて、そのときまったく考えてもいなかった。

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